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2015年6月8日月曜日

「どこが決めるんですか!?誰が責任者なんですか――!?」自主避難住宅提供終了報道をうけて「きびたきの会」院内集会(文字起こし)

2015年5月28日、参議院議員会館にて、東京都の「きびたきの会」主催で「原発事故避難者の安定的な居住を求める復興庁・内閣府・福島県・東京都との懇談会」が開催されました。
文字起こしをUPします。

 司会:山本ひとみ市議(武蔵野市)
 参加者:避難者のみなさん約20人/支援者約15人/メディア約10人

 内閣府防災担当 小川さん/石井さん
 復興庁 牟田さん/中村さん
 東京都 大塚さん
 福島県 豊田さん/一条さん

 徳永エリ参議院議員秘書/山本太郎参議院議員

山本さん:災害が起きた(口永良部島の噴火)ので内閣府のかたが途中退席されることになっています。退席の前に、聞きたいことはありますか?
Oさん:福島市から武蔵野市に子ども3歳1歳と妊婦で避難しました。2年後で打ち切るという報道に対して、復興庁はどのような考えでいるのか聞きたいと思っています。子どもを抱えているので、私だけの問題ではない。子どものコミュニティもある。そういう点もふまえて考えていただいているのか、というところも聞きたいんです。
内閣府:福島県と内閣府と協議している。福島県の最終的な方針、協議書が内閣府にあがっていない。新聞報道のようなことは決まっていない。
Oさん:東京都のかたに。4月に公営住宅の入居緩和の情報が届いた。避難者全世帯に。そのあとの報道だったので、この先どうしたらいいのだろう、と不安に思っている。その点はどうお考えで、都営住宅の入居緩和の通知を出したのでしょうか。
山本さん:公営住宅のほうは、普通に入居できる、条件を良くします、という緩和されるということは結果的には、追い出しではないか、ということを心配している人も多数いる。その辺をお願いします。
東京都:入居要件の緩和のほうは、都市整備局側で決定したもの。入居の打ち切りとは関係なく、要望をお答えしたうえで、緩和を決めた。
Oさん:声を聞いたのはアンケートですか?
東京都:アンケートと、訪問です。
Oさん:全世帯は訪問してないですよね。私たちには配慮されていないと思ったのですが。私たちがいることが邪魔なのかな、と思った。
東京都:そういうことではなくて、都営住宅に入居を希望されるかたに対して、優遇措置をします、というところを出している、という状況です。

山本さん:発言希望のかたにできるだけ全員に話をしてもらいたいと思っています。最初に、きびたきの会の会長から挨拶。

きびたきの会・会長:各関係者のかた、放射能からのがれて安心できる住まいを、という会に集まってくださってありがとうございます。避難者にとってよかれという会になることを祈りまして。よろしくお願いいたします。

いわき市→武蔵野市 Wさん
原発事故当時、生後7か月の子どもがいた。いろいろ考えて避難した。いま住んだところに入れたが、私の場合は一年間、ほとんど人と話もせずに、過ごしてきました。5年目になりますけど、いまやっと慣れてきたところで、ご近所の人とか、同じ福島の人とやっと話もできて、前向きになってきたかな、というところで、このような報道が出て、ほんとうに途方にくれるというか、夜も眠れない状態です。子どもはいま4歳になりましたけれども、頻繁に鼻血も出ます。普通だったら、粘膜が弱いのね、鼻血が出ちゃったね、というので済みますが、やっぱり福島の子どもですから、やっぱり心配で、住宅のことも不安で、主人も2年目で入院したし、私も発病したし、家族がバラバラになってたいへんでした。3年目になってやっとおちついてきて、他の人と交流ができるようになったのですが、いま打ち切られるとほんとうに困りますし、いわきにも帰れません。娘の健康、夫の仕事もそうですし。いわき市の友だちも、息子さんの健康状態が良くなくて、つい最近になって北海道に避難をした。主治医の先生のアドバイスを信じて、すべてを捨てて避難しました。その話を聞けば、いわきにも戻れないですし、ここで頑張らなくてはならないのですが、みなさんは自立しているだろう、思われるかもしれませんが、箸一本から揃えて、また、住宅を変えるって・・・と言われても。私たちは全財産をなげうって生活を整えたのに、知らない土地に行って、また精神的な不安を抱えて、一からやり直すってことは絶対に無理だと思うんです。
自主避難のお母さんたちはみんなこんな気持ちだと思うんです。
1年ごとの更新ではまた当時の嫌なことを思い出して・・毎日不眠症になります。長期に考えていただいて、ほんとうの意味で自立して、前向きに自分たちの力で進んでいけるようになるまで、長期で住宅提供をしていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

福島市→京都 Aさん
4年前に福島市から京都市に避難してまいりました。福島にいるときは、一介の主婦だったのですが、急きょ原発事故により避難せざるを得なくなりまして、京都市に家を構えました。それは一時のものであって、いずれは福島に戻ると思って。住民票も福島県にあります。家族は、夫は地元に残って私たちのために働いています。母子避難という形を無視しないでいただきたい。好きで避難しているわけではありません。いまだに福島県や国は、安全とうたい、住民を避難させていません。
原発事故以前の話であれば、5ミリシーベルト以下というのは、放射能管理区域で人が住んでいないところです。なのに、いまは20ミリシーベルトまで大丈夫だと言っています。
福島に帰りたいという気持ちはあるけれど、子どもたちのことを考えると、帰れません。除染除染と言いますけれど、除染をしたからってすべてがなくなるわけではなくて、汚染土が福島市の中心にあります。それが風化して、空気中に散乱したら、除染の意味はありません。継続のお願いをしたい。法律もあるけれど、身になっていません。私たち避難者の声を聞かずに何かを決めるのはやめてください。
私たちの声を聞かずに何かを決めるのはやめてください。
私たちの後ろに何万人もの避難者がいるということをお考えください。

福島市→京都市 Sさん
2012年の福島市から京都にうつり、4人の子どものうち、上のお姉ちゃんだけ福島市に置いてきています。
私は放射能のことも知らなかったのですが、数字をみて改めてうちの数字は高いということを知って決断しました。家族にも理解してもらってからだったので、避難は遅かったんです。
測定ってしたことありますか?線量計で測定していますか?東京と比べていますか?京都と比べていますか?低いとか高いとか認識されています?
私、いつも思うんですけれど、そこを分からないと、私たちがなぜ避難したのか、分からないと思うんです。
20ミリシーベルト撤回2011年の5月に行ったんですけど、文部科学大臣出て来なくて、子どもたちも座って雨の中、訴え続けていたんですけれど、国って勝手なんだな、日本って勝手なんだな、とほんとうにショックだった。自分もずっと平和に生きてきたんだな、と反省しました。自分の住んでいるところの線量、高い所をまず認識してもらいたいんです。
このあいだ大阪の福島県職員の事務所に行って延長してください、って言ったのですが、その前に私たちは福島県に行ってるんですよ。数日前に行って、対応してくださったかたはおそらくみんな打ち切るの分かっていながら言わないで、・・・その後、すぐ報道になって、私たちすごく怒って、大阪の事務所に行ったんです。なんでこのニュースのほうが先に出るんですかね。
私は京都でNPOで働かせてもらっているんですけど、復興庁の人と何度も話する機会があったんです。復興大臣にもお願いした。何を考えているのかな、と思って。
直で偉い人に言うしかないと思っていたけれど、こればっかりは、みんなの力が必要なんだな、と思って、一人ひとりが認識してもらうしかないな、と。どういう風に話が伝わっていっているのかな、と。避難者支援課のかたで、ほんとうに声をすくいあげているのかな、と疑問なんです。
私は福島の新聞をとっていて、京都のかたに伝えたりしているんですけれども、新聞には、福島の現実だけを書いてあるわけじゃないです。すごく前向きなことばっかり書いてあって、震災前より線量は高いんです。福島で、今後、何が起こるかわからない。みんな親御さん不安なんです。
山は除染されていませんよね。そこで遊んでいたんですよ。そこで遊んでいたんですよ、ずっと。家の周りやったからいい、ってもんじゃないですよね。福島だけの問題じゃないんです。東京だって高いところあるんです。測ってみてください。
法律で決まってますよね。放射線管理区域って。18歳未満は働いちゃいけないって決まってるんです。法律で。でも、普通に住んでいるんです。法律違反してるんですよ。なんぼでも訴えますよ。国が決めて国が法律破ってるんだから、訴える権利あります。
手が回んないから、やらないっておかしい。うわっつらだけなんですよ。そういうやり方はおかしと思っています。
福島いって測ってみてください。東京も高いんです。関西に避難してる人もいるんですから。今日ここにいる人だけでもいいから、ちゃんとやってください。子どもさんいる人は分かると思いますけど、被ばくは積算していくから、将来被害があるかもしれないので、そこをほんとうに認識してください。私が分かったんだから、みなさん、わかると思います。分かってください。

○○さん
前回、みなさんの署名をあつめて、県庁に京都のかたと行ってきました(※5月15日)。
ほんとうに京都の言っているかた、自分たち甘かったな、と思って。県に去年より多い数字で4万5千筆の署名を集めたのに、いま答えられません、いま答えられませんと。カメラの人や、話す人を外に出して、それで終わらせようとしたという経緯がある。その2日後に、朝日新聞の新聞社のほうから、1面に載った。それにもかかわらず、自主避難 住宅提供終了へという記事。あまりにもショックでした。すぐ京都の高木さんのところに電話かけたり、あちこちにメールをしたり。なんていうことか、と。一日暗い思いで過ごしていました。
県のほうでは、ほんとうに終わる方針で固めているのでしょうか。そこが聞きたいんです。それはどの部署でこの方針を決めたのか。それを判断した理由をお聞きしたいんですが。

福島県:いまほどの質問で、たいへん申し訳ないのですが、我々の聴いている範囲では現在国と協議をしているという段階です、ということしか聞いていないのが実態。打ち切るということは聞いていないのが現実。
Oさん:どのかたがどういう風に話しているんですか?
福島県:避難者支援課のほうで国とやり取りをしている。
Oさん:福島県の避難者支援課?
○○さん:どうしてわかる人が出てこないんですか?なんで県庁から出てこないんですか?私たちは理由が聞きたいし、話が分かりません、じゃ話にならないじゃないですか。
○○さん:5月15日(※福島県庁に署名を届けた日)から何度もやっているんじゃないんですか。大阪事務所には来ていたんですよ。
Oさん:そういう場は作ってもらえないのか。
福島県:我々は・・・
○○さん:どこ担当でもいいから分かる人連れてきてって言ってるの。
福島県:承った、ということで、伝えていきたいと・・・どんなことができるのか、考えていきたい

いわき市→母子避難させている Tさん
母子避難を横浜にさせている。ほんとうに健康被害をさせていると思っていますか?心筋梗塞、周産期死亡率。これどうやって説明するんですか。自主避難しているものはね、迷った挙句に、子どもの命がたいせつだと思って、子どもたちに健康影響が出ると思って避難している。避難の合理性は明らかにこちらにあるんです。
いま、50ミリシーベルトまで帰そうとしているんですか。考えられないでしょう、どうなんですか。月刊宝島でスクープされたから、研究班立ちあげて。その段階で打ち切るってさっぱり分からないんです。
どこが決めるんですか、いったい?国ですか?復興庁?内閣府?福島県?誰が責任持っているんですか。そこと話をしたいんですよ。避難の合理性なんていくらでも説明してやるんだから、あなたたちは、我々の避難に合理性がないと思ってるでしょう?
でも、実際に病気増えているじゃないですか。ウクライナの報告書通りじゃないですか。だから、責任ある人を呼んでくださいよ。その人を相手がわかれば、その人相手に裁判なりなんなり考えるんだから。何かあったときに。
決めることができないで、ただ「話聞いて来い」って言われてこの場に来られても、我々だって遠くからきているんですよ。遠くからみんな来てるんですよ。京都から。今日は仕事休んでいる人もいるんですよ。
こっちだってわざわざ時間割いて、来てるんだから。それだけの要件だから来てるんですよ。子どものことだから来てるんですよ。県民の心配な人も、避難している人もいるんだから、支援するのも当然でしょう。

Oさん:国のほうも早く住宅終了してほしいとおっしゃっているんですか?
内閣府:そういった新聞報道されていますが、何も言っていないと言うのが実情です。
Oさん:避難者の声は届いているんでしょうか。
内閣府:声はいただいています。5月に・・・4万数千・・4万5千の署名はいただいています。
Oさん:署名じゃなくて、一人ひとりの声です。4万5千筆のひとりひとりの生活の状況が違うということが届いているのか、ということです。
内閣府:そういった意味では、こういった場で聴いている
みんな:そっちがやってくださいよ。
○○さん:住んでみたらどうですか。こんなとこに帰ってこい、という、市長たちの気持ちが分からない。子どもたちが鼻血が出てるとか。みなさんも嫌じゃないですか?がんになったら嫌じゃないですか?私もあんな風になったら嫌なんです。がんって痛いんですよ。私の母親は、痛くて殺してくれって言われたんですよ。私も保険入ったり、怖いんです。みんな痛みって分かっているんですか。それをわかって住居を守ってもらえないっていうのは・・・ほんとうに。

葛尾村→東京都 Kさん
復興庁のかたがた、人間の住める放射能の、あの、シーベルトは何シーベルト?私は1ミリシーベルトって聞いていましたけれど、20、50とかにあげて、みんな帰還させられているんですよね。都路、川内村、私は葛尾村で、まだ帰還命令出ていませんが、ほんとうに山間の、除染やっていますが、あんなのまだですよ。山を除染しない限り、無理。
17日に解除します、って報道がありましたが、とんでもないことですよ。いま、チェルノブイリは30年くらいになりますか。チェルノブイリのように福島も全部避難しなくちゃならない
私らは強制避難ですけれど、自主避難しているかたはほんとうに勇気のあるお母さんだと思います。子どもを守ってエライですよ。福島県の立ちあがりかたが、福島県はどうしてみんなで立ちあがらないんですか?この問題は福島県ですよ。それなのに、甲状腺がんが何人も出ていますよね。3年前は「4年目にならないと」と。今になったら「子どもが大人になってがんになるのが今に出たでしょ」と医者が口をそろえて言うんですよ。病気が出てきますよ。それを面倒みなくちゃいけないのが福島県と国ですよ。
みんなバラバラにさせられて、もうとんでもない犯罪者ですよ。牢屋に入ってもいいくらいの犯罪者ですよ。福島県に命令してるんですよ、国は。17年には終了です。とんでもないことです。子どものことは最後まで面倒みてもらわなくちゃいけないし。
今の国のやりかたは腹がたちますよ。

小高区→横浜市 ○○さん
当初、品川区に避難をしたが、住まいが見つからず、都内で3度の引っ越しをして、自分であれこれ考えて最終的にいまの借上住宅に住まわせていただいていますが、私たちは、いまのみなさんのお話を聞いてわかるとおもいますが、何も好き好んで愛着のある故郷を離れたわけではない。やむにやまれず、着の身着のままで、こうやって生きている。悲しみと苦しみでぎりぎりの毎日を送っているんですね。いろいろな問題があります。ほんとうにたくさんの問題があって、いまはこの場でひとつひとつ言うことはできません。ただ、この住宅問題もその中のひとつです。私たちは1年ごとの延長をこれまでに繰り返してきました。それも、ほんとうに苦しいんです。せめて、5年とか10年とか20年とか、ある単位で考えてほしいとずっと考えてきたんです。どこかで1年ごとに延びてきたからどこかで安心していました。
だけど、こういった結果になって、・・・国って何なんでしょうね。私たち国民を守るのが、あなたたちがやるべき義務なんじゃないんですかね。私たちがなんでここまで見放されられなくちゃならないんですか。こんなに訴えても、それでも住宅延長を打ち切ると言うのならば、・・・みんなして露頭に迷えって言うんですか。私はいろいろな理由があって、一人で避難しています。ひとりぼっちなので、さみしくて悲しいし、精神的にもまいってしまって精神科に通っています。安定剤がないと夜が眠れません。会場に参加しているお母さんたち、いますよね。あなたたちにも子どもがいるんだったら、このかたたちの思いを聞いてあげてください。子どもを守りたい、という母親の気持ちはわかるでしょう。わかってください、お願いします。私たちのことは守ってください。お願いします。

いわき市→東京都 Hさん
わたしは母子で避難しておりまして、双子連れできています。都内の便利な場所に住まわせていただいているので、こういう会があるときはなるべく子連れでも参加しているけれど正直、今回これだけのかたが来ているのはすごいな、と思いつつ、今日これまで遠くからきている人がいるのに、福島県のかた、東京駐在しかないというのは、どれだけ避難者を軽くみているんだ、バカにしてるんだ、と。暇だからここにきているわけじゃなくて、いまの生活を守るために、自分たちの思いを聞いてほしくて、来ているのに。福島県は東京にいる駐在のかただけ。内閣府や復興庁のかたに関しては、つい先日渡したばかりの署名の数さえ覚えていてくださらないのはショックです。
最近新聞で自主避難の打ち切りニュースをみて、ほんとうに母子で避難をしている私としてはこれからどうしていいのだろうという気持ちでいっぱいでした。自立・・・避難者は自立しろという文字も目に就くけれど、自立しろって自立しろって言うけれど、確かに住宅費を出してお世話になっているけれどでも、今の状況を誰が作ったのか、と考えてほしいんです。私たちが何かを言うと、協議中、協議中、と。だったらそこに私たちを呼んでもらえませんかね。生の声をもっとたくさんのかたの声を聞いていただいて、そのうえで協議していただけませんか。お前こい、というなら、双子連れてどこへでも行きます。言いたいことたくさんありますけれど、他のかたも言いたいことあると思いますので、以上です。

いわき市→京都 Tさん
震災から1年後に京都に避難しました。当時、いわき市は4月に安全宣言が出てからマスクもせずに復興一色、除染という言葉がならんでいました。私は避難するかしないか迷った。京都にくるのも、家族とけんかし、それでも自分の子どもを連れて、一大決心できました。みなさん、この放射能汚染、ただならないことを知っていますか?福島の子どもたちが、福島だけではなく、日本国民全員が被ばくです。総被ばくです。それでもいいんですか。
関東のかたはいいました。福島県がしっかりしないから、近隣、関東が全然守られていない。福島県民、避難者、ぜんぜん守られていませんよね。福島県が帰還政策をするなんてありえません。自分たちの県民自らを被ばくさせる政策あってはいけないではないですか。
国も、私たちがどれほどたいへんな思いをしてどのように暮らしているかわかりますか?何度も何度もお話させていただきました。だけどもう5年が経ちました。いっこうに何も進んでいません。挙句に打ち切るなんて、ありえませんよね。
当時5年生だった子どもがお話したことを話します。高校生になりました。「もう、転校もしたくない、ずっと京都にいたい、お友だち作るのも一生懸命やった。今日は絶対に延長をお願いして、ママ頑張ってきて」と言われました。もう福島県のほうでは県庁に行ったときには、ぜんぜんいい返事はもらえませんでした。4万5千筆を渡しても、重く受け止めます、延長に対しても、協議中です、26日の福島県大阪事務所に行っても同じ回答。そして、今日も同じ。
何て言うことですか?
こうやっている間に福島県にいる子どもたちは無用な被ばくをしています。私たちは毎日毎日、避難者の私たちは、精神的にどうなんだろうどうなんだろう、と考えています。
ほんとうに安心した生活をさせてください。あんなことがなかったら、こんなことにはならなかったんですよ。
福島県、ほんとうに、一致団結して、国を訴えるべきです。国は国民を守るのが義務ではありませんか。ほんとうに放射能汚染はただならないんですよ。再稼働なんてあり得ません。今日、回答もらえませんでしょうか。もういい加減に、私、3回も仕事休んでいます。15日、26日、そして今日。私の生活、私の給料どうなりますか。それでもここへ来ました。考えてください。返事ください。延長するって言ってください。

南相馬市→神奈川県 ○○さん
事故から4年がたって5年目に入ってしまいました。この4年を、みなさんは線量が落ちたとか小さくなったとか、復興に進んできたとか、そんな風に考えているでしょうか。私の周りの人みんな、この4年間で、元の生活に戻れなくなった。もう絶対に戻れなくなった、という思いの人がほとんどです。
そして、5年で打ち切りですね。打ち切りっていうのは決まっていませんが。そんなのを出して、ほんとうに4万5千の人の思いを気持ちを汲んでもらったでしょうか。政府が当事者の意見を聞く――子ども被災者支援法にも、被災者に寄り添うっていう文字がしっかりあります。ほんとうに被災者の気持ちを聞いて、その思いを汲んで、延長をしてください。
この間4万5千の人たちが、もう少しおちついた生活がしたい、って長期延長と無償を要求したんですよ。ほんとうだったら、事故がなかったら、普通の幸せな生活ができていたんです。ほんとうに子どもを守るためにこちらへ出てきているんです。ですから、未来に続く子どもの命を守らないで何を守るんですか。やっぱり一番だいじな子どもの命を守ってください。
それから20ミリシーベルト以下が健康被害がないって誰が決めるんですか。誰が決めるんですか。こんなのあるんですか。ほんとうに被ばくをしないで健やかに生きる権利が私たちにはあります。その権利を破らないでもらいたいです。ちゃんと尊重してもらいたいです。よろしくお願いいたします。

いわき市→東京都 Kさん
打ち切りのニュースが出てから、うちまだ子どもが小さいんですが、「お母さんぼくいつここ追い出されちゃうの」と夜も泣くんです。子どもにそんな心配させないでください。
どうして大人は1平方センチメートルあたり4ベクレルという基準を守って仕事しているのに、どうして子どもたちがそれを超えるところで砂遊びしているのでしょうか。どうしてそんなところに戻そうとするんですか。母親にとって子どもに被ばくさせたくないです。どうして戻そうとするのですか。小学生とか幼稚園が自分の家がなくなるって心配しているのに、どうしてそんなむごいことをするんですか。お願いします。お願いします。助けてください、延長してください。

Oさん:自立、と言われるけれど、みんな貯金を切り崩したり、定額の賠償金を切り崩したりして、底をついている。仕事をしたくても、子どもが学童に入れない。保育園に入れない。どうやって自立したらいいんですかね。みんな大事に大事に子ども育てているんですね。そういう思いもくみ取ってもらう場も提供していただきたいですし、現状を分かったうえで議論していただけるような方向で動いていただけたら、ほんとうに、私たちは生きる勇気が出てくるので、そこの気持ちもくみ取っていただけたらと思います。

Kさん:ここ(新聞報道)に、自主避難者は復興の妨げになるって県幹部は言っているそうですね。復興というのは、人を集めることですか。放射能がなくなって、土地が戻って、それが復興じゃないですか。放射能のある限り、この勇気のあるお母さんたちは、子どもを連れて戻りませんよ。県の幹部がこんな言葉を出しているっていうのはほんとうに頭にきますよ。ほんとうに私たちのことを思っているのならば、今の政府と戦いながら、ほんとうの復興を考えてください。ほんとうの復興の、元通りの故郷に戻れるんだったらば、お金なんていらない。もとの故郷に戻してください。返してください。
「復興の妨げになる」って、避難している人のことを考えていない。自分の立場のことしか考えていない。福島県はいまの内閣と共謀している。

福島県:県の幹部の発言はどこで出ているのか知らないのですが・・・。私の立場としてはそんなことは考えていないし、私は福島から東京に来て、5年目になりますが、みなさんにお邪魔して、お伺いして、話を聞いて、その情報を県にあげているのですが。復興の妨げになるなんて思ってお会いしているわけではないし、県の幹部が誰なのか知らないですし・・・
Tさん:県にあげて、福島県庁は何て言っているんですか?何て言っているんですか?
福島県:我々駐在は、いま、各13名、全国にいますが、我々は話を聞いて、それを、毎週月曜日の朝に各駐在が、避難されたかたからお伺いしたお話を、課長含めたミーティングで話をして、我々は聞いたことを上のほうにあげていく、ということで、直接ではなく・・・
○○さん:報告するだけなの?
Kさん:あなたの役割を伺っているのではなくて、しっかり私たちの、声をあげてくれているのか。と。避難住宅の延長が必要だ、ということを県にあげてくれているのか。
福島県:要望についてはあげていただいています。いろいろなところで伺ったことを、あげていく。延長が必要であれば、
Kさん:ああ、よかったです。いろいろなところで必要なんです、と言っているんです。あげているんですね。
福島県:そういったことは各駐在からお話させていただいています。
Kさん:では、その県から国に行っているのでしょうか。
福島県:県としては状況みながら、国と協議をしている。
Kさん:協議をしている、ではなくて、県から、延長が必要だということをきちんと国に伝えているのか・・・
Sさん:何を、聞いているんですか。

○○さん:住宅のことなんで、聞きたいんですけれども、都営住宅のお知らせ、来ていますよね。公営住宅を希望して応募してください、って来ていますよね。そういう状態になっているんですか?いまのところに住める選択肢はないんですよね。ここには居られないんですよね。どこか選びなさいよ、ということですよね。
東京都:都営住宅の申し込みは、東京都で用意した。都営住宅は私どもとは違うんですね。都営住宅の入居に関して、お知らせをした、ということ。
○○さん:去年きびたきの会のときに、ここに3年間籍がないと入れない、と言われた。悔しくて復興庁に電話したんです。そんなことやっている人なんていないんです。その人だけ入れるとか入れないとか。その時の延長の話もありましたよね。そのときに復興庁に言ったら、きびたきの会で訴えたら、「あなたのいるところは人気のある場所にいるから、そういうわけにいかないんだ」って復興庁の人に言われたんです。みんな選んで入れていただいたのはありがたいけれど、どうして、そんな、こちらは選んでいないのに、どうのこうのって。それでかちんときた。今年も「別のところに行けば」なんて。そんなにそんなに、やっとローンがあって、そんなに簡単に家が建つんですか。みなさんどういうところに住んでいるのか、うちなんて手に入らないじゃないですか、夢物語みたいです。みなさんは私たち庶民とは違うんでしょうけれども。

山本さん:分かっていただけたかな、と心配なんですけれども、最後に、確認したいんですけれども。
まず1点目、新聞報道に出た、福島県や自治体の話は事実無根であるのか。
2点目、住宅支援について、誰がいつ判断するのか。責任者は誰ですか。
来れなかったかたも、露頭に迷う、ほんとうに困っているんです、分かっていますか。それをぜひ、延長をお約束してもらいたいし、もし、いま判断できないのだったら、いつまでに、誰が回答してくれるのか。いま、回答してください。

(マイクの押し付け合い)

山本さん:答えられないんですか?答えられない。こんなことってあり得ないですよ。わからない、とも言えないんですか。返事をしてください。答えてください。

内閣府:福島県の幹部の回答についてはよく分からないのですが、基本的には、借上住宅については、福島県知事のほうから、協議があがり、それに対して総理大臣が同意。同意に基づいて福島県が要請するということになっています。新聞報道の件は、決まっていないのが現状。都道府県知事から協議があがっていないと、何も言えないんです。国のほうには協議書があがってきていません。

山本さん:確認しますよ。確認しますけれども、新聞報道すら分からない。ということが回答でよろしいですね。今日来ていただいたかたは、わからないということが一致している、と。
で、延長に関しては福島県からあがらなければ、延長するしないは決められない、と。で、今の段階では、延長するんですか。打ち切るんですか。

内閣府:協議をするのは都道府県の知事からあがっていますので、出発点は県です。
Sさん:協議中、って言われたんですけれども・・・
内閣府:いや、意見交換という段階です。県からはこうしてくれ、と言われていない。
山本さん:県からはこうしてほしい、と言われていない。言っていないから、延長するというわけではない?ということか。
内閣府:繰り返しになりますが、決定するのは、国ではなくて県。決定をするのは県。予算は国が補助されている。延長が決定しましたら、28年度の概算要求に。
Tさん:国から延長するって言ってもいいじゃないですか。
山本さん:今日の意見はどう生かすんですか。
Kさん:県との協議の中で、この声をあげてくれたらいいんじゃないですか。国から、今日の声を県に伝えてもいいんじゃないですか。

山本さん:県からはやめてくれ、という話も、協議がきていない。つまり決めていない、ということですね。福島県の職員がいるけれど、今日これだけ一緒にやりましょうと言っているのにも関わらず、伝えますと。伝えます、ではなくて、延長してほしいということを県にあげて、一緒にやるべきではないですか。
Sさん:他人事ではないんですよ。
Kさん:県知事に(延長が必要だという要請を)出させてください。
福島県:みなさんのお話を伝えることが役目だと思います。責任者を連れてこいというのも伝えます。
Kさん:県知事に「必要だ」って国に言わせてくださいよ。
Sさん:延長が、命綱なんですよ。
福島県:伝えていきたいと思います。
Kさん:県知事に国に言わせてください。

山本さん:県知事に伝えたということを、どういう風に答えたのか、ということを、参加者全員に、返事していただけますね。どういう風に言って、どういう風に答えるのか、ということを仕事なんだから、やってください。

福島県:私の立場からあげるのは、課長や次長とか、うちの課のトップのほうには伝えます。
○○さん:あなたは打ち切るべきだと思っているんですか。
福島県:私の気持ちとしては難しい。個人的には答えられる内容ではないので、難しいと思う。
Sさん:うちの息子、甲状腺がのう胞が大きくなっているんですよ。だから避難しているんですよ。

山本さん:誰かが何かを言ったからそういう風に思っている役人がいるから、みんな疑っていますよ。そういう風に思っている役人がいるってことですよ。それは間違っているということをしっかり伝えて、お返事してください。それについてはお返事するということをみなさんで確認して、必ず返事をもらいますからね。今日来た内閣府にも、協議に関して、聞きますから、お返事してください。公聴会は意見の一致がまったくないのですが、みなさんが涙ながらに訴えたことはきちんと聞いたのだから、しっかり伝えてください。みなさん、お若いかたが多いんですから、国の政策決定にきちんと関わってほしいと思います。
なお、参議院議員のかた、徳永エリさんの秘書さんが来てくださっていて、山本太郎さんもお見えです。

徳永エリさんの秘書:月曜日の審議でこの件について、14時10分から40分まで、質問しますので、みなさまの声も伝えます。それで、朝日新聞の記事が出てから、この件については情報収集をして、質問準備をしてきていますので、誰でもインターネットで見られますので、残念ながら福島県のかたをおよびすることはできませんが、竹下復興大臣、担当の副大臣に来てもらいますので、このあと、内閣府・復興庁と質問のあれはやりますけれども、役所のトップクラスの人の前で質問しますので、いちおう、国の公式の場でのやりとりになりますので、みなさんのお考えのことを、徳永が代弁しますので、ぜひ、みていただければと思います。機会があれば、いつでも伺います。

山本太郎さん:ほんとうにひどい。ここにいらっしゃる政府側、福島県のかたも何とかならないのか、と心で思っているかもしれない。仕事の手前、言ってしまうと、自分の人生かかってますからね。この人たちも被害者なんですよ。板はさみで生きていかなくちゃならない。
どうして線引きするの。線引きしてるのは加害者なんです。被害者がないがしろにされて許されるわけないんですよね。これが電力で既得権益で、政治もいろいろ絡んでメスも入れられない。被害何てないんだ、終わったことなんだ、ということにしないと、原発続けられないし海外に売れないし。このままいったら打ち切られますよ。でもみなさんには力を貸していただけたらと思います。復興庁との話し合いもあったと思いますけれど、福島県知事に避難しているかたが話せる場が必要ではないかと。どういう方法がありますか?
知事のご家族で寝泊まりします、って話なら頼んだぞ、って話になると思いますけれど。
ああ、福島県知事のご家族は福島県にいらっしゃらない?そうですか・・・命を守るということですね。
復興大臣でもいいです。内閣府。懇談する場は?内閣府は山谷さん、復興庁は?
力かしていただきたいんですよ。間に入って疲れるでしょう。
離婚、一家心中、自殺もあり得ますよ。

(避難者のかた:「自殺しろってことですかね」)

ぎりぎりまでとぼけ続けるっていう作戦なら、それはないよね、と思います。
直接声を聞いてもらう場を作ってもらえないですかね。
内閣府だったら山谷さん、
復興庁だったら・・・誰ですか?
どうしたら段取り前にすすみますかね。
こういうやりとりは、問題があるんだ、ということを知ってもらうための意味もあるけれど、結果につながるか、というところでは、難しいんですよ。
開いてくれたらたくさん来ますよ。
一歩でも前に進めるために。お知恵を貸していただければ。とりあえずあげときますということではなく、確実に上に決定権を持ったかたに、届くように。会うために必要な段取りをしていきますから、ぜひ力を貸していただきたいんですよね。

みなさんのお知恵をお借りすることになると思うんですが、お願いいたします。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

6月末日まで、署名活動が行われています。署名はこちらから。
どうぞ、ご賛同を・・・!




(文責/吉田千亜)

2015年5月28日木曜日

「住宅供与を打ち切らないで!」お母さんたちの悲痛な声を聞いて!

5月17日、「自主避難 住宅提供 終了へ」という見出しで、福島県が調整に入っているという報道がありました。
 5月21日には「自主避難 打ち切り案 自治体に意見求める」という報道もあり、福島県内の市町村と県の避難者支援課が協議していることも明らかになっています。

 それに対して、避難を続けたいと願う方たちは、大きな不安を抱えて正式発表を待っています。そして現在、さまざまな団体が署名活動を行い、抗議の声もあがっています。

 この逼迫(ひっぱく)した状況に対して、

 「そろそろ自立していいのではないか」

 という冷たい声が投げかけられます。
 
 しかし、この4年という避難生活で、うまく生活再建できた方もいれば、一方で、貯金を切り崩しつづけながら、ぎりぎりの二重生活を続けてきた方もいるのです。

 そもそも、東京電力からのごくわずかな定額賠償以外、区域外避難者には賠償がありません。母子で避難している場合は、二重生活の費用も重くのしかかり、「家を売ろうか」と考える方もいます。住宅供与だけが、唯一の経済支援だったのです。

 働こうと思っても、避難先の保育園がいっぱいで働けない方もいれば、精神的に追い詰められてしまって日々の生活でせいいっぱいという方もいます。

 「孤独な避難生活がつらくて、子どもと一緒に死のうと思った」

とすら、打ち明けてくださる方がいるなか、個々の状況も見ずに言い放たれる「自立」という言葉。そして、そういった方を、事実上、切り捨てる今回の「自主避難 住宅提供終了へ」の報道。ようやく慣れた暮らしを再び壊すだけではなく、選択肢のない方にとっては「強制帰還」を意味します。

「私たちはチェスの駒じゃない」

北海道に中通りから母子避難した方の言葉です。自分の意思にかかわらず、「2年後に出て行け」と言われる。そんなことが、ほんとうにあっていいのでしょうか。

以下のコメントは、区域外避難をしているお母さんが、子どもを寝かせたあとに、一文字一文字、携帯やパソコンで打って送ってくださったものです。

「原発事故がなかったら、今頃、何をしていたかな・・・」

翻弄(ほんろう)されつづけた避難生活を思い返し、そう口にする方たちを、これ以上、追いつめないでほしいのです。



(文責・吉田千亜)


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住宅供与を打ち切らないで!!
お母さんたちから寄せられた声

内閣総理大臣 安倍晋三さま
福島県知事 内堀 雅雄さま
前略
福島県郡山市から大阪市に2児を連れて母子避難を4年間敢行しつづけている森松明希子と申します。
放射線被ばくからまぬがれ健康を享受する権利は、人の命や健康にかかわる最もたいせつな基本的人権にほかなりません。誰にでも等しく認められなければいけないと、私は思うのです。
なぜなら、少しも被ばくをしたくないと思うのは人として当然のことであり、誰もが平等に認められるべきことだと思うからです。
また、これから先、将来のある子どもたちに、健康被害の可能性のリスクを少しでも低減させたいと思うことは、親として当然の気持ちであり、子どもの健やかな成長を願わない親は一人としていないと思うのです。
そこには、一点のくもりもなく、放射線被ばくの恐怖、健康不安があってはならないと思うのです。
たまたま県外に親戚・縁者・支援者のつながりがあった人だけが被ばくをまぬがれることができる、とか経済力はじめ運良く様々な条件に恵まれた人たちだけが被ばくから遠ざかることができた、というようなことでほんとうによいのでしょうか?
今、次々となされる施策、たとえば支援住宅打ち切り政策(帰還支援のみにだけは手厚い保護)により、幼い子どもの被ばくを少しでも避けつづけていたいと願っても、泣く泣く帰還するしか選択肢がなくなるという世帯もあるということをご承知のうえでの措置なのでしょうか?
そして、それがほんとうに平等でフェアな施策だと言えるのでしょうか?
何よりも、それはほんとうに正しいことなのでしょうか?
そもそも、避難するという選択肢を取り、安心して避難を続けるという道筋が立てられる制度もなく、避難したくてもできない世帯があることを福島県や国はわかったうえでのこれまでのこの4年間のご対応なのでしょうか。
もしもご存じないのでしたら、それは、「声なき声」、生活者の視点、ふつうの暮らしをしている人々の思いや声を聞きもらしていることにほかならず、たいへんな無礼を承知のうえで申しあげますが、為政者としては致命的であると言っても過言でないと思うのです。
『原発子ども被災者支援法』という法律はあるのにずっと棚ざらしの現状・・・。
法律があっても、実際の被災者は何ら救済されないというこの現実・・・。
私は、福島にとどまり日々放射線と向き合う暮らしを余儀なくされていらっしゃる方々の選択をとやかく申しあげたことは一度もありません。むしろ、子どもを育てる同じ親としてのお立場の方々を思うにつけ、心中、心よりお察し申しあげるしだいです。
一方で、避難という選択をした私たちもまた、まぎれも無く福島県民であることに変わりありません。
遠く離れた土地に幼子と避難をしていたとしても、福島が、3.11以前の何の健康被害のリスクも不安もない状態に戻りさえするのなら、すなわち、3.11前には存在しなかった放射線がなくなり3.11前の福島でありさえするのなら、今すぐにでも家族そろって福島での生活を再開したいと心から願っているのです。
そう願いつづけて4年の歳月が流れました。
前県知事の佐藤雄平氏にもお手紙を書き、母子避難手記をお送りし、同様の趣旨のお願いを申し伝えましたが、避難をしている福島県民の「声」は届いているのでしょうか。
県政を引き継がれた内堀知事におかれましても、どうか避難という選択をした者もまた県民の一人として捨て置くことなく、人の生命・健康にかかわる最もたいせつな基本的人権を尊重していただけますよう、避難民にもまた、あたたかな支援・具体的施策の継続、実施をお願いしたく存じます。
原子力災害がひとたび起きたときに、これまでのご対応が通常の手法とされてしまうことで計り知れない国民の権利が将来にわたり侵害されることになると私は危惧(きぐ)するのです。
人の命や健康よりも大切にされなければならないものはあるのでしょうか?
国民には、等しく、みずからの命を守り健康を享受する権利があるはずです。
生命や健康を守る行為が原則であり、その原則的行為を選択した人に対して、どうか最低限度の制度をもって保障してください。
そして、不幸にも原子力災害を経験してしまった県民(国民)として、次の世代に対して恥ずかしくないアクションを県政、県民として手を取り合って進めていただきたいと思うのです。
同様のことが、国政においても言えると思います。
そのためには、一部の経済的利害関係の発生する人々の声だけでなく、人として当たり前のことを申しあげているだけにすぎない一母親、一生活者、一県民、一国民の真摯(しんし)な声にどうか耳を傾けてくださいますよう、心からお願い申しあげます。
長文かつ乱文、たいへん失礼いたしました。
福島の復興を切に願う一県民として、また、東日本大震災からの真の復興を心から願う一国民として、筆を取らせていだだきました。
草々
2015年5月26日
福島県郡山市→大阪市 森松明希子


手をカタカタと震わせながら、町長ホームページに懇願、住宅支援を打ち切らないよう一緒に戦ってくださいと。ムダな抵抗なのかな・・・。
そのまま福島県避難者支援課生活課に電話。声も手も震えている。何を聞いても「協議中だから」と明確な答えはない。
今まで住宅支援ありがたかった。だからこそ自立しようと頑張っている、今ここで住宅支援打ち切られたら精神的にも肉体的にも振り出しに戻って不安になる。福島県は、私たちを見捨てるのですか?自主避難、なんの支援もない中の唯一の支援で助かっていたんです。どうか私たちが自身が、もう大丈夫です、今までありがとうと言えるまで待ってもらえないでしょうか。こんな電話があった事を必ず協議で伝えてください、お願いします、と言い電話を切った…。今の私にできることは、これしかないのか……。
自立できるよう頑張っている最中です。今ここで住宅支援を打ち切られたら、精神的にも肉体的にもまた振り出しに戻るようでつらいのです。

2015年5月26日 
福島県→埼玉県 河井加緒理



5月26日付の毎日新聞紙面に書いてありました。
「避難者漂流」
原発事故で被ばくを恐れ、避難指示がないまま避難を決意した私たちはその時点で、すでに漂流者でした。支援、補償、賠償、何も先が見えないまま、それでも我が子たちの将来を考えたとき、少しでもいらぬ被ばくを避けたい、その一心でマイホームも、仕事も、友人知人も、家族との時間も手放し決心した避難。
長引く二重生活に、家計は苦しくなるばかりです。
先が見えない不安から、きちんとした仕事に就くこともできず1年ごとにまるで「死刑執行」が延期されるかのように、延長が決まる住宅支援を頼みに4年間どうにかやってきました。
まだ、子どもたちが独立するには時間がかかります。二重生活の負担がこれ以上増えたら、子どもとともに路頭に迷うしかなくなります。
原発事故を想定していないような「災害救助法」で原発事故の被害者を救済しようとしているのが、まずはムリなことなのです。

原発事故は 一瞬で人の人生、生活を根本からひっくり返します。もう二度と元には戻らない状態にします。時間がたてば復興が可能な自然災害とはわけが違います。原発事故は人災なのです。なのに、誰ひとり裁かれない。責任を取らない。まるで、放射能を怖がって逃げる人々のほうが悪いかのように言われてしまう。こんな状態で、どうやって「起きたことを受け入れて前へ向かって進む」ことができるのでしょうか。

新しい場所でやり直せばいいじゃないかと、人は簡単に言いますが、時間がたてば誰でもみんな同じように立ち直れるなんてありえません。抱えている事情が複雑すぎるのです。健康への不安。帰還への躊躇(ちゅうちょ)。未来が描けないまま時間だけが過ぎていきます。家族の理解は日増しに薄れ、軋轢(あつれき)に苦しむようになっていきます。

「先進国」とかいわれてる国の中で、「漂流」ですか。そんなこと、あってはいけないと思います。
自主避難者切り捨てが、現実に起きたらそれはイコール、多くの場合、子どもたちの生活や未来も切り捨ててよしと、国が判断したも同じことです。
日本はそういう国ですか?
日本の政府は、福島県は そういう考えなのですか?

どの国でも 国民は、とくに子どもたちは、国の宝物のはず。その国民を、子どもたちを被ばくさせておいて放り出すなど、言語道断です。自主避難者を含めた原発事故被害者への、住宅無償提供支援策のさらなる複数年延長を切望します。

2015年5月26日
白河市→札幌市 都築啓子




私は震災の3日後、2011年3月14日から4年間、自主避難を続けています。
夫は家のローン代と生計維持のため、郡山に残りました。
避難してから、広島と東京で住居は5回、幼稚園も2度移りました。
今の民間借り上げ住宅におちつくまで、住む場所は全て自力で探しました。
避難当時4歳になったばかりの子どもはPTSDと言われ、おねしょもいまだにしています。
母親の私も、極度のストレスから突発性難聴や不眠になるなど、親子ともさまざまな症状に苦しみました。
母子避難から2年後、私は逼迫(ひっぱく)した家計をなんとかするため、まだ情緒がおちつかない子どもをあちこちに預けながら働きに出ました。
週末だけ夫が会いに来る生活は約4年続きましたが、私が働き無我夢中の生活を送っているなか、夫婦間は修復できないほど気持ちがすれ違い、昨年末に離婚しました。
大人に振り回され、くり返し訪れる困難に押しつぶされそうになりながらも、息子は必死で頑張っていたのだと思います。
情緒はさらに不安定となりながら、「死にたい」と口にする私に、「生きていればいいことがあるよ!死んだら終わり!忘れたの!?勇気!元気!」と好きな絵を描いて励ましてくれました。
ですが私は、子どもにこんな事を言わせるなんて…と、さらにつらい気持ちになりました。
正直、避難してからはつらいこと、たいへんなことばかりでした。
いつ終わるやもしれない住宅支援のことを考えると家具も置けず、おちつかない生活に、突然むなしさばかりが込みあげ、死にたくなることも数えきれないほどありました。
今は、子どもにムリをさせながら、生活のためにフルで遠くまで働きに出なくてはならない毎日です。
子どもに震災前のような普通の生活をさせてあげたい。
私も普通に育児がしたい。
もう、余計な心配をせずに楽になりたい。
ずっと願っていることは、ただそれだけです。
原発事故で、家も、家族も、平和な生活も、すべて奪われてしまいました。
そしてまた、やっと築きはじめた居場所が、住宅支援の打ち切りという形で奪われようとしています。
新しい環境への適応が苦手な息子にとって、たび重なる転居や転園は、どんなにか苦しかったことだろうと思います。
また振り出しに戻るなんて事があれば、息子の心は一体どうなってしまうでしょう。。
私たちは、あの原発事故で生死の選択を急に迫られ、その負担をみずから強いてまでも避難せざるを得ませんでした。
このおちつかない状況のままでもなお、ひたすら我慢しつづけながら避難生活を継続せざるを得ない理由は、百人百様、とても深く複雑です。
この苦しい胸の内を、どうかみなさんに想像していただきたいと心から願います。

2015年5月26日
郡山市→東京都 匿名希望



 
私は、7歳の女の子と3歳の子どのたちの母親です。
 
原発事故があってから、いろいろな経緯を経て、今、東京都中野区に避難しています。
地震だけであったら、大好きな福島から避難していません。
大好きな福島だからこそ、住民票も移動していません。
福島では、山も海も空気も、子育てをする環境にはなくてはならないものでした。
 
汚染水が流れている、福島の海で安心して、子どもたちを海にいれられますか!?
あなたの家族を、子どもを、孫を…。
 
避難している先で子どもたちは、学校に通っています。住宅がなくなるとの理由で、子どもを転校させて、納得できますか。
私たちは、一日本国民として、子どもを守らなくてはいけない。子どもを守る権利もあるわけです。
風評被害ですか。
過剰反応ですか。
病気になってから、ごめんなさいでは遅いのです。
 
子どもは、たび重なる転園で、心を傷つけています。大好きなお父さんと住めなくても、我慢しています。勝手にやっていることではありません。子どもの健康を守る為にしているのです。
 
原発事故をなかったことにしないでください。
きれいな福島を返してください。
子どもをもう傷つけるのはやめてください。子どもの未来に責任を持ってください。
どうか…ほんとうに福島が安全になってから、返してください。
 
今、私たちから住宅をとらないでください。新しい環境に慣れるのに、どれほどたいへんだったか…。
子どもの心を読みとって下さい。
子どもの涙や悲しい顔は、もう見たくありません。
 
2015年5月26日
いわき市→中野区 匿名希望




必死に、国や県にも抗議してます。福島に自宅があり、打ち切りになれば、県外で暮らすのは難しくなります。福島に帰っても、仕事はないです。打ち切りになるけれど、仕事がない。福島の決定は、矛盾だらけです。私達は、借り上げが打ち切りになれば、苛酷になものになります。今から、考えます。いつかは、打ち切りになるのは、わかりますが、突然で、しかも、短いです。皆さんたいへんな状況下と思います。よろしくお願いいたします!
支援は、住宅だけでした。あとは自費です。退職金を含め、何とか4年仕事しながら乗り越えてましたが、住宅ローンもあり、二重は不可能です。借り上げは、避難できる唯一の方法でした。もう数年続いてほしいなと願います。そのなか県外移住に向けて、頑張れたら・・・。時間がほしいです。

2015年5月26日
福島県→埼玉県 匿名希望




いわき市出身、現在、東京都江戸川区に母子避難中です。
震災後、半年間で6か所移動しながらやっと今の住宅におちつきました。
ようやく地域にも慣れ、保育園でお友達ができたり、私もママ友ができたりと4年たってやっと日常の生活が戻りつつあります。
そんななか、住宅支援打ち切りの報道がありました。
お願いですから、私たちから住まいを奪わないでください。

2015年5月26日
いわき市→江戸川区 匿名希望



現在の心境ですが、朝日新聞の記事をみて、また最近不眠症になりました。
あ~、やっと生活がおちついてきて、子ども達の情緒不安定からの爪かみもなくなり、
学校や都会の環境にもやっと慣れ、学校の友達もできました 。震災後に離婚したので、今住居がなくなったらと思うと、私自身、年齢的にもこの先の生活が不安でたまりません。
自主避難者のママ達と話をしたとき、東京に避難してから「子どもと死のうと思った」、他の何人かのママが言いました。えっ、私だけじゃないんだ、みんな同じ思いで苦しんできたんだ。
自分だけじゃないんだ、と心強く思いました。
子どもをかかえての震災のストレスと避難生活のストレスはまだ抱えてます。
爆発がなかったら、避難なんかしてません、大好きな海、山があるいわきにいたかった。

2015年5月26日
いわき市→江東区 匿名希望




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【関連情報】

●日本弁護士連合会


●「きびたきの会(東京都)」参議院議員会館にて、復興庁・内閣府・福島県・東京都との懇談会
 5月29日 10時30分~懇談会/11時50分~記者会見

●「自主避難者への住宅支援延長を望む」記者会見 北海道庁道政記者クラブ
 5月29日 14時~



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2015年5月23日土曜日

「日隅一雄・情報流通促進賞2015」で 「ママレボ」が奨励賞に選ばれました

 この度、「日隅一雄・情報流通促進賞2015」で、「ママレボ」が奨励賞に選ばれました。
このような素晴らしい賞をいただけたのも、みなさまが日々、サポートしてくださっているからだと心より感謝しております。

 スタッフ一同、たいへんうれしく、ありがたく感じると同時に、今後もよりきめ細やかで、心のこもった情報をお届けしていかねば、と身が引き締まる思いです。

いただいた賞に恥じぬように、今後も発行続けてまいりたいと思っておりますので、
なにとぞよろしくお願い致します。
(いま、発行が遅れているので非常に焦っておりますが!!かならず6月中にはお届けいたしますので、しばしお待ちくださいませ)
 最後にあらためて、みなさま、いつも支えてくださってほんとうにありがとうございます。
今後も、世の中のもっとも弱い立場の人たちの目線で、伝えつづけていきたいと思っております。

ママレボ出版局 和田秀子/吉田千亜

2015年5月17日日曜日

声を届けよう!暮らしを、命を、切り捨てないで――「自主避難 住宅提供終了へ」

今日(2015年5月17日)の朝日新聞で、「自主避難 住宅提供終了へ」という報道がありました。
2016年度で供与を打ち切るというものです。


(引用)
福島県は避難先の住宅の無償提供を2016年度で終える方針を固め、関係市町村と調整に入った。反応を見極めた上で、5月末にも表明する。故郷への帰還を促進したい考えだ。だが、自主避難者からの反発が予想される。

(中略)
被災市町村の一部は「無償提供を続ける限り、帰還が進まない」とし、県に住宅提供の早期打ち切りを水面下で求めている。無償で住める家があることで、避難先での定着が進んでいるという事情がある。

(中略)
例えば、福島第一原発から30キロ圏の広野町では政府の避難指示は出ていないが、約5100人の町民のうち戻ったのは約4割にとどまる。これまで、自主避難者らの団体は「できるだけ長く続けて欲しい」と県に要望し、一部の市町村も配慮を求めている。





これからできることは、何があるのか考えました。

1)「反応を見極めた上で、5月末にも表明」と書かれています。「2016年度住宅提供終了は本当に困る」「困る方がいる」という状況を関係市町村=避難元自治体に伝えませんか。

上記引用の赤字のように、福島県内市町村でも意見が分かれていることがわかります。
一人ひとりの困っている状況を伝え、福島県に対して市町村から『打ち切りは時期尚早である』ということを表明してもらいましょう。

2)1)と同様に、福島県避難者支援課や内閣府(防災)にも「困っている状況」「困る方がいる」ということを伝える。

3)こちらの署名にもご協力を。5月19日午前10時が第一次〆切です。

4)どうか、ママレボにも声をお寄せください。「ママレボ通信」含め、あの手この手、いろいろな方法で、「2016年度の住宅打ち切りでは、路頭に迷う人がでてしまう」ということを、お伝えします。(もちろん、匿名でOKです/当事者の方でも支援者の方でもOKです)



「自主避難」という単語はあたかも「自己責任」である印象を与えます。

でも、原発事故がなければ、放射能汚染がなければ、必要のなかった避難です。
国の勝手な線引きで「自主避難」とされているだけのことです。

賠償のない中での、子育て中の二重生活は、大変です。
そこに、簡単に投げかけられる「自立」や「生活再建」という言葉。
これまで出会った「自主避難」中の方で、誰一人、それを目指していない人なんていませんでした。

思うようにならない中で、唯一の経済支援ともいえる住宅の無償提供だけを頼りに、見ず知らずの土地で

「子どもの被ばくを出来る限り避けたい」

という思いで必死に生きてきたのです。

「ようやく基盤ができてきたこの生活を変えたくない」
「子どもをこれ以上転校させたくない」
「できる限り長く避難生活を続けたい」

――それなのに、たった2年後に、再びどこかへ移動させられるかもしれない、そんなことが、あっていいのでしょうか。

取材で出会った自主避難者は、記者の想像を超える過酷な数年間を送っています。「避難の負担」に「個々の事情」が加算され、状況は千差万別です。

「もう、声をあげることにも、疲れてしまった」
「理不尽さを抱えていても、もう、声をあげてはいけないのではないか、という空気を感じる」

という方もいます。

住宅の問題は命に関わる問題です。

自主避難者にこれ以上、精神的負担、経済的負担を強いることのないよう、
住宅の供与終了は自主避難者の「命の問題」であることが行政に届くよう、
あきらめずに、繰り返し繰り返し、伝え続けましょう。



2015年5月14日木曜日

「国会と政府と福島県知事の不作為」44978筆の署名が集まる――応急仮設住宅(みなし仮設)問題

2015年5月13日、安倍晋三内閣総理大臣及び山谷えり子内閣府特命担当大臣(防災)あてに「避難用住宅の無償提供帰還の延長を求める署名」44978筆が提出された。2014年11月~2015年4月までの約5か月間に、すべて手書きで集められた。

署名を集めたのは「ひなん生活をまもる会」と、「うつくしま☆ふくしまin京都」「震災支援ネットワーク埼玉」の3団体。各地で署名活動が行われ、全国から集まった。




鴨下裕也さん(右)


「ひなん生活をまもる会」の代表鴨下祐也さんは「避難生活を続けることが困難な圧力を感じる」と話す。


昨年も、内閣府宛の署名を16002筆提出しているが、今年は当初「受け取れない」と拒否された。「受け取れない、ということは延長できない、ということなのではないか、という不安を持った」と鴨下さんは言う。

明日、15日には福島県に同署名を提出予定だ。


今日(2015年5月14日)の参議院経済産業委員会では、荒井広幸議員が応急仮設住宅について言及した。


(5月14日の「経済産業委員会」3時間42分頃から)


これまで被災者に大きな精神的負担を強いてきたことをあげ、「自然災害ではなく、原発における救助法が必要ではないか」と提案した。また、そのことを放置してきたことについて、「我々国会、政府、そして国側の言い分を飲んできた福島県の首長の、三者の不作為である」と批判している。


また、除染には莫大な費用を計上しているが、応急仮設住宅(みなし仮設)については200億の経費でできるとし、これまでにかかっている経費を東京電力に求償していない問題についても指摘した。



現在、応急仮設住宅(みなし仮設)の供与期間は、平成26年3月までとされており、今月末にはその後の対応について発表があるとみられている。
先の見えない避難生活が4年を過ぎた。
一刻も早い救済対応を多くの被災者が望んでいる。


(文責:吉田千亜)

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当日の署名提出の様子はアワプラさんがUPしてくださっています。

原発避難者「路頭に迷う」~住宅支援継続求め署名4万提出 |
OurPlanet-TV:特定非営利活動法人 アワープラネット・ティービー

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【関連】

明日(5月15日)の消印有効の署名活動も行われています。

<原発事故被害者の救済を求める全国運動 第二期署名>原発事故被害者の住宅・健康・保養支援の立法化と完全賠償の実現を求める請願署名






2015年5月11日月曜日

「福島の人たちは胸をはって戦って!」広島の被爆者たちも激励<「南相馬の地点解除訴訟(20ミリ撤回訴訟)を応援する全国集会in東京」

 20ミリシーベルト基準での避難解除は違法であるとして、南相馬の特定避難勧奨地域の住民たちが国(原子力災害現地対策本部)を起訴したことを応援しようと、「南相馬の地点解除訴訟(20ミリ基準撤回訴訟)を応援する全国集会in東京」(主催:南相馬の地点解除訴訟支援の会準備会)が5月9日、東京都文京区で開かれた。原告を含め全国から約150人が集まった。

 ママレボ通信でも4月17日の提訴の様子を報じたが、「20ミリ撤回」に賛同する声は福島県内のみならず全国に広がりつつある。



(過去の記事はこちら)

◆国に国民を守らせたい

 会に先立ち、あいさつに立ったのは原告代表であり、特定避難勧奨地域の行政区長である菅野秀一さん。
「チェルノブイリ原発事故の事例を見ると、事故から29年たっても子どもたちにさまざまな健康被害が報告されている。もともと一般人の被ばく量は年間1ミリシーベルトという決まりがあるのに、年間20ミリシーベルトなんて、とうてい受け入れられない。地域にはまだまだ放射線量の高い場所がたくさんある。まずそれを払拭してほしい」と訴えた。

 続いて、同じく行政区長の藤原保正さんも、「政府は住民の安全を無視して一方的に地点を解除した。原発労働者なみの年間20ミリシーベルトで解除するなんて、こんなバカげた話はない。我々が行動を起こすことで、国にきちんと国民を守らせたい。これは全国民の権利。いっしょに戦いましょう」と連帯を呼びかけた。


◆20ミリ解除のココが違法!

 続いて、弁護団の福田健治弁護士から、地点解除はなぜ違法であるのか、以下3つのポイントが示された。

1.一般の年間被ばく線量は年間1ミリシーベルトと決められている。そういうルールで原発を動かしてきたのに、事故後急に年間20ミリシーベルトの被ばくを強いられるのは違法である。

2.ICRP(国際放射線防護委員会)は、放射線防護についてルールを変えるのであれば、必ず利益のほうが大きくないといけないと勧告している。また、(放射線緊急事態後に長期間汚染地域に居住する場合)年間1ミリシーベルトから20ミリシーベルトの下方部分から基準を選択すべきと明示しているのに、上部の20ミリシーベルトを解除の基準にするのは違法である。

3.原子力安全委員会は、避難指示を解除する際には、新たな放射線防護に関する施策を策定し、住民が参加できる枠組みを作って実施すべきという意見を出している。しかし政府は住民の意見を聞かず、一方的に解除したことは違法である。

 また福田弁護士は、政府(原子力災害現地対策本部)が起訴状も見ないうちに、「20ミリシーベルトは十分下回っているので解除した」という反論コメントをマスコミに流したエピソードを披露。
「20ミリ基準がおかしいと訴えているのに反論になっていない。訴状も見ないでコメントするからこういうことになる。これまでたくさん行政訴訟を起こしてきたが、訴訟の日に、政府が具体的なコメントをするのは初めて。相当あわてふためいているようだ」と述べ、訴訟に勝つためには、多くの人の連帯が不可欠だと呼びかけた。


◆福島県民は棄民か? 住民たちの訴え

 さらに訴えは続いた。浪江町出身で、原子力発電所の放射線管理担当者教育を受け、現場で指導もしてきた桑原豊さんは、みずから測定した南相馬特定避難勧奨地域の放射線量を示しながら、放射線管理区域なみの場所に住まわされている住民の過酷な現状を報告。

「千葉県の流山市では、0.23マイクロシーベルト以上の場所に長時間滞留しないようにという看板が立てられている。南相馬の勧奨地域は、これ以上の放射線量なのに、なぜ住めと言われるのか。福島県民は棄民ではないのか?」と矛盾を訴えた。

 さらに、特定避難勧奨地点に指定されなかったものの、それと同等に高い放射線量の地域に自宅がある小澤洋一さんは、国や東電の職員が自宅にやってきて測定したときの様子を動画で紹介しながら、「測定するのは今日が初めてです、というような知識のない職員が、測定のマニュアルも読まないで、ずさんな測定をしている。これで我々の人生が決められてしまっている」と憤りをあらわにした。



登壇して訴える南相馬特定避難勧奨地域のみなさん
 さらに、自宅が特定避難勧奨地点に指定されていた3人の子どもをもつ母親は、「解除されても仮設で暮らしている。自宅周辺には、まだまだ放射線量が高いところがたくさんあるので安心できない。子どもは外に出たがるし、近づくなと言ってもホットスポットに近づいてしまう。ずっと見張っているわけにはいかない」と話し、政府が勝手に決めた20ミリシーベルト基準では、安心して子育てができない苦しい胸のうちを吐露。

 またこの日は、まもなく避難指示が解除される予定の楢葉町からいわき市に避難している女性もかけつけ、「年間20ミリシーベルト以下はだいじょうぶなどと情報操作されている。国に洗脳されている。子どもや孫たちのことまで思いをはせたら、あきらめるわけにいかない」訴え、連帯と支援の和をつなげていこうと呼びかけた。



 ◆広島の被爆者が「胸をはって戦おう」と鼓舞

6歳の時、広島で被爆した
黒田レオンさん(左)と、
小野瑛子さん(右)
 サプライズだったのは、広島の被爆者が登壇したことだった。
 ともに6歳のときに原爆を受けたという黒田レオンさんと、小野瑛子さんがそれぞれ原爆者健康手帳を手にしながら、こう語った。

「広島や長崎では、戦後70年たっても年間300件以上、被爆手帳の申請がある。つまり、70年たってもなお、核の被害は続いているということ。この被爆者健康手帳は、天が被爆者のために、ひらひらと舞い降りさせたものではない。私たちが長い期間かけて戦いとったものだ。みなさんも一緒に戦って、勝ち取りましょう。このような裁判が、広島・長崎に始まって、福島で終わりになるように」(黒田レオンさん)

「私自身、65歳のときに甲状腺機能障害になり、甲状腺の摘出手術をした。まわりの被爆者たちも、いろんな病気を抱えている。これらはお金で解決できることではないが、最低限、お金でしか補償できないこともある。自分だけでなく、孫や子の代にまで及ぶかもしれない健康被害。せめて、医療補償だけは勝ち取ってほしい。そのために、広島と福島はつながっていきましょう。福島の人たちには胸をはって戦ってほしい」(小野瑛子さん)


 裁判の行方は、私たちひとりひとりが、どれだけこの裁判の重要性に気付き、関心をもてるかにかかっている。

 通常の20倍もの「年間20ミリシーベルト」というバカげた基準を押しつけられているのは、決して福島県民だけではない。近隣の原発で事故が起きれば、間違いなく同じ基準が自分や子や孫にまで適応される。このことを念頭に置いて応援していきたい。  

ママレボ出版局 和田秀子

****************************

当日の配付資料は、「南相馬避難勧奨地域の会」ホームページからダウンロードできます。
当日の動画は、こちらから。
南相馬の地点解除訴訟(20ミリ基準撤回訴訟)支援の会、サポーター登録はこちらから。

2015年5月7日木曜日

渡利小学校(福島市)の通学路は、いまだに放射線管理区域なみの放射線量

 先日、「福島市内の河川敷で、最大、毎時21マイクロシーベルトを観測」という記事を書いたが、同日4月23日に渡利小学校の通学路も測定したところ、こちらも深刻な数値だった。

 平均しても、毎時0.4~0.8マイクロシーベルト前後。環境省が定めている年間1ミリシーベルトの目安となる毎時0.23マイクロシーベルトを軽く超えている。18歳以下は立ち入りを禁止されている“放射線管理区域”レベルだ。それどころか毎時1マイクロシーベルトを超えるような場所もあった。


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 ちょうど下校時刻だったため、子どもたちが通学路を歩いて続々と家路につこうとしていた。



私たちが持っている「ホットスポットファインダー」を見つけると、「それ、何?」と言って近寄ってくる子どももいた。
この赤色の素材がインターロッキングブロック

 スタッフのひとりが、「これは、放射線測定器。この通学路は線量が高いから、あまり立ち止まらないで歩いてね」と注意すると、子どものひとりは、「そうなの?わかった」と、屈託のない笑顔でモニターをのぞき込みながら良い返事をしてくれた。

 除染に詳しいスタッフによると、「通学路に敷かれているインターロッキングブロックは、水が浸透しやすいので、放射性物質を含む水が染みこんでいるから放射線量が高いのではないか」とのことだった。

 さらにこの素材は、除染で洗浄しても、なかなか放射線量が下がらないらしい。

 しかし、子どもたちが(しかも、まだ幼い小学生)毎日通う通学路なのに、なぜこんなに高いままで放置されているのか。

除染はしたものの、その後ふたたび放射性物質を含む水を取り込んで数値が上がったのか。
それとも、除染はしたが、
そもそも数値が下がらなかったのか。
まさか、まだ除染をしていない、なんてことはないだろうし。

 そんなことをあれこれ考えながら福島市に問い合わせてみると、除染施設整備課の担当者が、以下のように答えてくれた。

「渡利小学校の通学路は、今まさに除染をしているところなんです。道路除染は、① 側溝の土砂上げ、②側溝の洗浄、③路面洗浄というように3つの工程に分かれているのですが、現在、渡利小学校の周辺は、① 側溝の土砂上げが終わった段階。
 最終的に、いつすべての工程が終了するかは未定ですが、半年もかからないと思います」

ということは、まだ、4~5ヵ月はかかる可能性はあるのだろうか……。

さらに担当者は続ける。

 「これまでのモニタリング結果を見ていると、山に面している道路などは、一度除染をしても線量があまり下がらない場所もあります。そういう場所については、除染業者が再度、洗浄を行っていますが、それでも下がらないケースがあるんです。
 現在は、追加除染が認められていないのですが、一度除染しても下がらない場所については、福島市として今後、環境省に追加除染を認めてもらえるよう働きかけるつもりです」

 福島市が目指す放射線量は、あくまでも毎時0.23マイクロシーベルトとのこと。
 ただし、なかなか放射線量が下がらない道路については、コリメーターと呼ばれる鉛の遮蔽材を使って、地上から1㎝の場所で測定して、最低でも毎時0.23マイクロシーベルトを目指すそうだ。

 しかし、原発事故から丸4年も過ぎたのに、子どもの通学路すら除染されていなかったということに驚いた。
 もちろん、住宅除染が優先で、それに時間がかかることもわかる。しかし、通学路の優先順位はもっと高くてもよいのではないか。
 なぜこの国はこれほどまでに、未来ある小さな人たちを大切にしないのだろうか。


ママレボ出版局 和田秀子