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2014年6月28日土曜日

【避難者住宅支援問題②】キビタキの会 院内集会―避難者の発言(2)

キビタキの会の院内集会からだいぶ日が経ってしまいました。
更新が遅くなってすみません。
避難されている方の生の声の書きお越しです。

普段、みなさんが思っていること、今までの思い、どれだけ住宅の問題が大切であるのか――切実な思いが、語られています。
ぜひ、多くの方に読んでいただきたいです。

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自主避難のママ 西東京在住――メールでの参加――】

自主避難なので、声をあげたらいけないのではないかと思い訴えられずにいました。3人のわが子のうち、2人が先天性の病気です。就学前の子どもです。
夫は、長く、原発の下請けで働いていました。今まで、被ばく線量をごまかしてきたらしいのです。証明のしようがありませんが、子どもたちの病気については、疑ったこともあります。
原発事故後に、そのまま福島で生活するのは不安以外なにもありませんでした。
避難をして、ようやく、子どもたちも学校も楽しく通えるようになったようです。それでも、生活は仕事が安定せず家賃免除していただいても、カツカツです。
もし、いま退去命令がでても、福島にも帰れず、露頭に迷うばかりです。
本音を言えば、毎月10万円の賠償をもらえる地域がうらやましく、思います。実際、生活に苦悩している私たちにはそういった賠償がなく、やりきれない、とも思っています。


福島県田村市 関東の公営住宅】

震災の数年前、関東に住んでいました。福島第一原子力発電所から、32キロの地点に高齢の母が済んでいて、当時は、妻が数か月に一度通っていました。母の容体が悪くなり、妻が同居するようになって、田村市にいったりきたりの生活をしていました。この際だと思って、関東の自宅を売却して田村市に家を建てたんです。ほっとしました。魚はうまいし、果物もうまく、余生をすごすのはいい場所でした。2010年には母は他界しました。

2011のあの日は近くの公民館にいました。3階部分が崩落し、玄関はふっとび、壁には50以上のひびが入りました。
大熊町から800人近い人が自家用車やバスで体育館と公民館に避難してきました。私たちは自宅に戻り、避難されてきた方のために、布団や毛布をお貸ししました。私はその時、原発で避難してきたのではなく、地震や津波で避難してきたと思っていたんです。

何も知らずに、放射能が降ったときも、布団を干していました。
翌日には、大熊町から避難してきた人がほとんどいなくなっていて、数名しかのこっていませんでした。

16日に、ようやく、固定電話が通じました。「早く逃げろ」「早く逃げろ」と連絡がきたので、3月19日に、やっと、犬と避難することを決めたんです。

親戚の家、ホテル、長男宅、ホテルと点々として4月19日に現在の関東の公営住宅に落ち着きました。

昨年、一時帰宅をしました。自宅で1.6μSv/hもあり、とても帰れないと思いました。「子供たちは帰ってこないし、私たちも帰りたくない」と妻は言います。私は、人生を狂わされました。放射能の問題は、決して若い世代だけではなく、老人の問題でもあるんです。

2011年の7月に東京電力から仮払いの書類が来ました。「今回の支払いの対象になっていません」という手紙です。たった山ひとつ隔てただけでもらえる、もらえないが決まります。

汚染の度合とは関係なく、原発からの距離だけで線引きするのは本当に納得いきません。住んでいなくても、固定資産税などで年間30万円強、負担しているのに、何の補償もないのが現状です。
自宅は売却もできず、公営住宅も追い出されたら生活できないのが実情なんです。


【双葉郡の8町村から全村避難した方】

原発の放射能の問題は、時間や日にちの問題ではないんです。
日本ではじめての大事故なのに、2年すぎたら帰りなさい3年すぎたら帰りなさい、とんでもないことです。
現状回復してくれたら、例えば、裏の山で採れるきのこが食べられるようになったら、明日にも帰ります。
原発のはじめての事故でしょう。
これを、古い法律に基づいて言われても、どうしようもないんです。

子どもを守ろうとしているお母さんに、感心します。これから、どんな問題が出てくるか。
「ただちに影響はありません」と言われましたが、子どもの甲状腺がんも出てきて、でも口をそろえて「放射能は影響がない」と言います。

(原発事故子ども・被災者)支援法も、枠組みだけじゃだめ。
法律に基づいて、福島県人は補償しますよ、と、勇気をもって逃げなさい、と言ってください。
「風評被害だ」「復興復興が遅れる」「検査をしてもらいなさい」と言うけれど、除染で出た土が野積みです。
私らが行って測ってみると、せっかく除染したところも、ふたたび線量が高くなっているところもあるんです。
それなのに、山の恵みをうけて、畑をつくって、と言われて・・・。「復興復興」と言って、何のための復興なんでしょうか。

「放射能のなくなったところに住みなさい」というのが本当の復興です。

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ちなみに、参議院議員全員に、今回の院内集会のご案内を出したそうですが、山本太郎議員、福島みずほ議員、増子輝彦議員の秘書、山口和之議員の秘書が参加していました。

出席した方からは、

「どうして福島県選出の議員がこの場に来てくれないのか」

という声も聞かれました。

次の「キビタキの会 院内集会(3)」では、省庁関係者の回答をお届けします。


文:伊藤千亜

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